ドロかきやら片付けやらやっていると「どうせ壊れたもんだし、使えなさそうだからいいや」と思っていろいろぶん投げて片付ける。
でも、その一つ一つに持ち主の愛やら思いでやらが詰まっているんだなと。
とりあえず大事そうなものだと持ち主に渡すけど、どうでもよさそうなものだとそのままごみの山にinしていた。
先日片付けたところで、ドロの山から古いガーデニング用品?みたいなのが出てきた。
汚れているとパッと見廃棄物にしか見えないけど、よくよく見ると素敵なものだった。
持ち主は「これあったんだ!」と喜んでいた。
被災した人の家に行ってよく聞くのが「どうしたらいいか分からない」という声だ。
ボランティアに「やってもらっている」という負い目もあるのだろう。
捨てられていく物に対しては何も言えない。
持ち主は黙って見ているけど、自分と暮らしたものがごみとして瓦礫の山になるのはきっと苦しいと思う。
大事か大事じゃないかは自分が決めるのではなく、持ち主が決めること。
汚れたごみのようなものでも、ぶん投げずできるだけ大切に扱おう。